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  • 新井雄志

仕事のやりがいについて

先日、当社で求人掲載をしているGreenの「社員の声」のコーナーを更新した。


それなりの人数から掲載リクエストが来ていたので対応した形であるが、社員の素直な意見が聞けてそれなりに有効であったと思う。


なんというか「態度はそうでも身体は素直だねえ、ゲッへっへ」みたいな不潔な気持ちから新しい仕掛けも思いついたので実行していこうと思えた。




さて掲題の話。


そのGreenさんからの質問に「仕事のやりがいはなんですか?」というのがあった。




(なんというかこんなにもピュアな質問を見たのは久しぶりである。眩しくて死ぬかと思った。)




せっかくなので私個人が考える「仕事のやりがい」について少し纏めてみようと思う。



まずこの言葉。


「仕事のやりがい」


であるが、どうも使用方法に関して無言の圧がありすぎる。


なんというか、「とにかく清潔に扱われすぎている」と感じる。




例えば私がやりがいを感じる瞬間は「議事録が良い感じに書けた時」である。


理由としては

・単純に文章を書くのが好き。(上手い下手とは別次元。)

・平均以下のコストで平均以上の精度を出せる事が多い。

・そのため少ない労力で周囲から褒められて自己肯定感が高まる。


という3要素から成っている。


しかし「仕事のやりがいは議事録作成です。」というと変な顔をされる。


それは恐らく、

・ドキュメント能力はスキルアップにならないと思われている。

・スキルアップすることが望ましいという前提がある。

・社会貢献性が低い。


等が起因しているのだろう。


また、


・給与を得るための行動でやりがいは特に求めていない。


という本来は素直な意見も苦い顔をされるだろうし、


・朝昼晩の生活が安定して健康的。


という変則的な視点も嫌がられるだろう。


・貧困で苦しむ国で安く調達した労働力と資源をうまく活用し、母国日本の欲望に忠実な豊かな生活に貢献出来て幸せでございます!


なんていう愛国者は袋叩きに合うかもしれません。



要は妙に、


〇スキルアップ


〇社会貢献


〇組織、事業を通した成長



という制約条件を課された質問のように思われるのだ。





この中でいうとスキルアップは私も肯定的に捉えている。

(逆に他2点に関してはやや物申す姿勢である。)



個々人がスキルアップするという事は単純に仕事の選択肢が増えるし、発言力や交渉力も増すからだ。


それはつまり自由度が増えるという事になり、変な話、当社に依存しなくとも生きていける幅が増えるという事である。


「社員の人生にいっちょ噛みはしたいけど責任までは負いかねる。」という私のスタンスにピッタリである。

(誤解なきよう念のため書いておくが、本当に人生を背負うほどの甲斐性があれば兄貴肌全開で接するし、可能な限り責任は全うしたいと考えている。ただし世の中のほぼ全ての法人・団体がその甲斐性を有してないのも事実であろうと思う。)




社会貢献



これに関しては非常に取り扱い注意な言葉で安易に使う事をお勧めしない。


少しだけ言及するのであれば、エッセンシャルワークへの敬意をきちんと持った上で使ってほしい。IT業界に属する人たちが使う場合は特に要注意だ。


乱発すると反感やマサカリと沢山出会う事になるし、かなり分の悪い論争に巻き込まれるだろうと思われる。




〇組織・事業を通した成長



これは否定的というか、「答えるのが面倒になった人たちがテキトウに抽象的な表現でなんとなく書いた。」という回答が多い印象がある。


もう少し突っ込んだ質問と回答を双方で意識しないと、やや当たり前すぎて答えにならないのではと思う。



理由としては人間は社会的生物なので、社会生活を営む中で多様な人物、多様な考えに出会い自己を更新していくのが普通の営みである。


よって、「仕事を通して自分が変わっていくのを実感できます。」というだけでは、「社会の中で生きてます」というのと同義であると感じてしまう。



もう少し具体的に


・チームの心理的安全性が確保されていて議論のしがいがあります。


とか、


・関わる人の年齢幅が広くて適度なストレスが良い感じです。


とか


・賢者みたいな恐ろしく有能な人がいるので、その人の知見に触れられるだけでも価値を感じます。



といった表現にしたほうが伝わるだろうと思う。


(ただし、これらは属人的な影響度も大きいので組織ナレッヂとしてそれらが実現できる会社はごく少数だろう。)




なので「仕事のやりがい」に対する回答は、潜在意識や同調圧力を破壊してもう少し自由度の高い答え方を皆が気持ちよくできるようになれば良いなと感じている。





最後に総括というわけではないが、恐らく上記の制約を課した「仕事のやりがい」という観点ではZ世代の人たちには響かないと思う。


(よって、本来の趣旨である応募者増にもあまりつながらない。)



若者は本能的に嗅ぎ取っている。



企業や事業の成長とともに社会も豊かになり人類の幸福に寄与できる。


そうした旧来の価値観は今や幻想になりつつあると。




これからポイントになるのは、


・心理的安全性と多様性


・生活が苦しくない程度の生活基盤と収入


・犯罪まがいの他者への攻撃や搾取の否定。



こういったポイントだと思う。


今のところ、努力でなし得ることができるのが心理的安全性と多様性かと思う。


生活が苦しくない程度の基盤と収入も現実的ではある。

(ただし長期的な視野では暗雲が生じる。そのため若者は極端な貯蓄志向か刹那的な散財のどちらかに走りやすい。)


実は深く考えると最後が一番難しい。



当社もなにができるわけでも無いのだが、自社の組織内で起こるコミュニケーションに関しては心理的安全性が確保されているように努力していきたいものだと思った。




あ~、議事録書きたい。


おわり。

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まじめな話、会社の方向性を考えていた。 最初に結論を書いておくと中二病っぽい話になった。 よってロマンある話が嫌いな人はここでサヨナラした方が良い。 本題。 学生時代から「拘束力や統制が緩い気の合う者同士で群れる場であり、社会に対してグダグダ言いながら与えられた仕事をしているだけなのに、外部から見ると纏まりと方向性があるように見える。」 そんな引力と斥力のある場。みたいなものを形成したいと考えてい