スキルアップの本質と幻想
- 新井雄志
- 12月23日
- 読了時間: 5分
最初に…
思想的な話も入ってくるので、あまり構成を考えずにダラダラ書いてみる。
記述が記述を促すような
そんなリズムの文章になっていたら嬉しい。
(ここは最後に書いた)
ーーーーーーというわけで本題ーーーーーーーーーー
「スキルアップ」
この言葉がどうも権力を持ちすぎている気がする。
「スキルアップをして成長をして年収を上げたい(上げる)」
一見、マジメに聞こえるこの論理
でも、「これが人生の全てになっているかのような人」が増えたと感じるようになってきた。
弊社では個人の市場単価と給与の距離が非常に近いので、上記の論理で応募してくる人も多い。
それ自体はただのロジックなので、別に良いのだけれど、
あくまで人生の一部で矮小な世界である
という事を認識してほしいなと老婆心ながら思う。
へーしゃも、「株式会社」という性質上、資本主義経済社会のビジネス論理に組み込まれる事は了承しつつも、
「当社は資本主義社会の立派な寄生虫になる」
というのを自称している(会社のビジョンとかを偉い人に問われると、毎回コレを返している。)
これには資本主義経済への一種のニヒリズム的な態度や、諦め・皮肉を含ませている。
ビジネスなど、そんな態度で良いのである。というのが僕の個人的姿勢。
(こんな態度でもクライアント目線での良い仕事はできるもんです。)
私の若かりし頃、こんなニュアンスの言葉がよく言われていた
「社会の歯車になるな」
「歯車になりたくなければ良い大学にいけ」
エリートと一般市民
知的労働者と単純労働者
ホワイトワーカーとブルーワーカー
そんな思想の元で、「ヒエラルキーの上に行き、人を動かす側になれ」的な事を社会全体が要求していたように思う。
この辺りから資本主義に精神性を奪われて、今に至る流れが加速したのではないだろうか。
実際には、
年収の低い人も高い人も、
従業員も社長も、
労働者も投資家も、
全て資本主義経済社会のモデルに組み込まれている。
そういう意味で、みんな横並びの並列な存在であり、大きな社会のうねり中ではヒエラルキーなど無存在である。
それぞれが歯車を回しており、そのスピードが異なるだけなのだ。
つまり、スキルアップというのは市場環境に適応した変化をし、歯車を回すスピードを上げる行為。
それだけである。
(なんか話変わるけど「アップ」という表現も変だな…習得とか変化にすれば良いのに。階段方式で右肩上がりに積み上がるとは思わない方が良い。誤解を招きそう)
ところで、僕(40歳)以上の世代は年収アップや出世、ステータスに対して少しギラギラした野心みたいなものを持っていた。
それが全てと盲信する事で、人生の迷いから目を背けていた節さえある。
ところが今の若い世代は、世界の雰囲気や流れを身体で既に感じていて、
そこに幸せが無いことを悟っている気がする。
そのため、あくまで
「安全に生きるための自衛手段」
として高い年収と安定した市場スキルを求めていて、ある意味でそれ以上は何も求めていない。
(ちなみに、その結果としてIT業界が人気になってしまっている現状に私は業界人として反省と憂慮している)
人生に対する虚無感や脱力感
そうした深層心理にある思考回路が
盲目的に「スキルアップをして年収を上げる」
と繰り返すだけの、虚ろで声高でそれっぽい主張に繋がっている気がするのです。
じゃあどうすれば良いのか
言葉にすると弱い表現になるかもしれませんが、
資本主義経済社会の外の世界はしっかり観察すれば意外に美しい
そして、その感情は人生を豊かにする
という、あえて現実味の欠けたきれいな言葉で伝えたい。
人間全体を見ると繁殖し過ぎた醜い生き物かもしれないが、部分的には美しいものがたくさんある。
自然風景、造形物、哲学、芸術、音楽、科学、古典、文学……
古代ギリシャのソクラテスが言った、
「人間の卓越性とは徳であり、その徳を磨いてよく生きるために、人は真理を追究すべきである」
今になって、こういった言葉を大事にして、心の中に人間性と哲学を取り戻す時代になったのではないだろうか。
人間は自らが開発したものに驕り、思索に対して怠け者になれば、知的生物としての存在は終了するのだと考えていたい。
ところで、資本主義経済社会の大きなうねりの中で、
地球は(人間の住みかとしては)崩壊の一途を辿っており、もう既に不可逆である。
というのは、確定事項でしょう。少なくとも文明は持ちません。
そんな事を皆さんも体感で理解していると思います。
世界は今のところ、
この恐怖に対して目先の欲望を消費する事に集中し、視線に入れないようにしてメンタルを保っている。
というのが僕の感想です。
ただ、八百万の神を信仰した日本人からすれば、人間活動自体も自然活動の一部と認識し、緩やかに破壊が進む現象自体も、素直に受け入れられる精神性が育っていると思いたい。
そういう意味では少子高齢化や過疎化を言葉では抗いつつも、
内心では実は衰退を受け入れている
という世界で最も先進的な国であるとさえ思う。
旧来の自然をありのままに受け入れる精神性を保持しつつ、様々な美しいモノに触れ、徳を磨いて、真理を追究する。
そんな素晴らしい人生を歩める事を思えば、スキルアップと年収なんて人生のごくごく狭い一部でしかない。そんなものに精神を蝕まれるのは悲しいお話ですよ。
という、そんな文章でした。
振り返ってみると、自社のPRには何も繋がらない、応募者が減る可能性さえある文章でした。
ステキだね☆
おわり。
