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良い会社に悪い会社?

  • 新井雄志
  • 8月9日
  • 読了時間: 6分

そんなものは存在しねえ!



というお話。

(違法会社というのはありますが、今回はそういう観点では無いです。)




全ては観測者の認識であり、内面的に発生するものであって、実存では無い。



という至極当たり前の話なのですが、日頃から意識している人はわりかし少ない。

まあ偉そうに書いている僕もたまに意識から抜ける。



なので改めて文字化して腑に落としておこう(会社ブログという名の個人日記です。)



~本題~


良い会社になろう!


とか


幸せを掴もう!


とか考えて、がむしゃらに行動する事も素敵な事だとは思うが、はっきりいって限界がある。第三者からみれば不幸に見えるかもしれないし、自己がそれらの目標に達したと認識できない限りは永遠にたどり着けない。



当社の事を

「良い会社ですね~」というAさんもいれば、

「あの会社はヤバい!何より代表がヤバい!クソ!」というBさんもいるだろう。(僕もそう思う)


Aさんの認識もBさんの認識も僕には変えられない。


よってそんな事を気にしても無駄でしかない。



観察するのは常に自分の内面で十分である。




良いと悪い。幸せと不幸せ。ポジティブとネガティブ。高揚感と虚無感。


それら全て実存はしていない。全て個々の人間の内面に発生する。


そうしたものは表裏一体、できれば前者を多く認識できたほうがストレスが少ない人生が送れると思う。そうありたいものである。



というわけで色々と事例を考えてみよう。



ここでは先人・賢人の力を借りて敬愛する(もはや誰かが創り上げた偶像かもしれない)ゴータマシッダールタさん、つまり釈迦が提唱した(とされる)



四苦八苦



になぞらえて考えていきたい。




・生苦(人は生まれる場所、条件を選べない。)


最近、自動車メーカーの「HONDA」の創業家血筋だという人の話を聞いた。産まれながらに一生暮らせるだけの財産が保証されている身らしい。


… 羨 ま し い 。。。


のが本音ではあるが、メシを喰うために仕事をして水準が近い人たちと共に苦労ができる喜びというのもある。

思えば200年前、たかだか4世代前くらいの身近な時代に飢饉で口減らしをするために我が子を殺める、捧げる。

みたいな事があったのである。それに比べれば今の日本人はほぼ全員が幸せとも思えるだろう。そんな状態で他者を羨むなんて望みすぎである。


僕はそう認識している。



・老苦(老いる苦しみ。若さを失う悲しみ。)


これに関しては意味が解らない。

僕は青春時代に読んだ「幽☆遊☆白書」での玄海の名言。


あんたが年を取れば、あたしも年を取る。それでいいじゃないか


で既に乗り越えている。老いる事こそが生物を実感できる証である。

僕はそう認識している。



・病苦


僕は決定的な病に苦しんだ経験が無い。

実際には生まれながらに大きなハンデを抱えた方や、急な病に倒れて日常生活を送れない方もいる。

なので自分如きは何も言えない。

後述するが、この項目はまだ乗り越えられていない気がする。




・死苦


死に関しては常に認識している。明日死のうとも特に後悔は無い。

ただ釈迦が出家したように、世間からサヨウナラしないと到達できない領域がある。

そこには至っていない。


これも最後にまとめる。




・愛別離苦大切な人や大好きな人であっても、いつかは離れなければならない苦しみ。)


人はいつか死ぬ。それは親や恋人であっても同様である。


親が先に死ぬことなんてかなりの確率で発生するし、伴侶が先立つ可能性も半々程度ある。子供が事故で死ぬ可能性も一定数あるし、恋人と別れる可能性に至ってはかなり高い確率で発生する。


そんなもので一々悲しんだり苦しんだりするのは無意味だと思っている。


実際には僕も涙を流したりといった、一時的な悲しみを経験する事はあるだろう。

しかしできるだけ早く受け入れて乗り越え、前向きに生きた方が良い。そう考えている。


ちなみに恋人と別れて悲しみを引きずった経験は無い。


親は健在だが、「親父が死んだ」と言われても、「お疲れ!今までありがと!達者でな!」くらいしか思わないと自覚している。


こう書くと「ドライなやつだ」と思われるかもしれないですが、いつまでも過去に引きずられてメソメソするよりは健康的だと思っている。よってドライで結構である。



・怨憎会苦大嫌いな人、顔も見たくない人でも出会ってしまう苦しみ。


これは現代に日本社会では既にほぼ払拭されている気がする。よって割愛。



・求不得苦求めるモノゴトが手に入らない苦しみ。


これに苦しんでいる人が多数いるのが現代社会のような気がする。


最多の例は「金が無い」だろう。




これに関してはよく思うのですが、


皆さん…


「本当にお金無いんですかね…??」


雨風凌げる家があって、朝昼晩と腹を満たし、週に1日か2日は余暇があって、たまには旅行する。


みたいな生活していませんか。少なくとも僕の周りにはそういう人が多いです。


その状態で「〇〇が欲しい!金が無い!」


という感情が解らない。僕の認識的にはその状態は「金がある。モノゴトが既に手に入っている」というステータスです。




五蘊盛苦(言葉にしにくいので各自調べよ!)


まあ、それはそうですよね…


という事が延々と述べられている訳ですが、


「まあ生きる事なんて大前提苦しいもんですよ。」


その前提で個々のイベントの認識をポジティブな方向に持っていくしかないんじゃないかなと思います。


僕が自分の性格を一言で表すときによく言う「超悲観的なポジティブ論者」でありたいと改めて思った今日この頃でした。





さて、最後らへんめっちゃテキトーになりましたが四苦八苦の振り返り終わり!

(長え!)



病と死


の所で書きましたが、僕の唯一の弱点というかネガティブにならざるを得ない所が「出家できていない事。」


つまり、「現実世界に利害関係者が多数存在している事」なのです。


どういう事かというと、重症を負ったり急逝した時に、僕個人は「しゃーねーか」で済むのですが、仕事関係であったり残った人たちには負担や迷惑をかけてしまう。という事なんですよね。



そもそもの思想が「吉良吉影は静かに暮らしたい」なので、周囲に余計なタスクや迷惑をまき散らすのが苦手で、ここを乗り越えられておらんのです。



一定数、「他人は他人。死んだ後の事は一切関知しない。知らん。」みたいな岡本太郎的な境地に達する人もいますが、なんかまだそこまでは行けてないんだよな~…



そこまで到達出来た時に、僕はようやく民間レベルでの悟りに近い境地にいけるのかもしれません。


がんばるぞ~


 
 
 

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